岐路に立つ少子化対策のベクトル
~保育が本当に貢献できるものとは~
研究所メルマガvol.30
2024年10月8日
今回のメールマガジンでは、「岐路に立つ少子化対策のベクトル」について考察してみました。石破内閣の誕生によって、岸田首相が標榜した「次元の異なる少子化対策」をどこまで引き継ぎ、何をどう変えていくのか。大いに気になるところです。
その際、あくまでも出生数や出生率のアップにこだわるのか、それとも少子社会でもウェルビーイングを実現できる新たな発想の少子化対策に転換できるのか、地域戦略も含めて問われています。
このほか、研究所WEBサイトの「お知らせ&情報」に最近アップしたニュースやトピックスをお知らせします。
研究所メルマガ vol.30
新たに誕生した石破内閣においても、“次元の異なる少子化対策”が引き続き講じられそうです。振り返れば、1990年の「1.57」ショックを契機に、我が国最初の少子化対策であるエンゼルプラン(1994年12月策定)からこども未来戦略(2023年12月閣議決定)に至るまで、ほぼ5年ごとに少子化対策が講じられ続けてきました。それにもかかわらず、少子化に歯止めがかかるどころか、むしろ加速しているのが現状です。
そんななか、石破首相の所信表明演説が行われる1日前に、日本経済新聞に興味深い記事(コラム)が掲載されていました。立正大学の小峰隆夫・客員教授が日本再生への針路「人口減少前提に『賢く縮む』」と題して寄稿したものです。
それによると、政府は「人口減少が続くと大変なことになる」と危機感を煽って、世論の後押しを形成しながら、少子化対策に巨額の税金を投入しようとしているが、それは成功していないと論じています。
さらに、「強力な少子化対策を打てば人口減少に歯止めをかけられる」という認識も、「人口減少が続けば経済は縮む」という認識も、必ずしも正しくないとして、データを示しながら人口減少を止めることは不可能であり、少子化対策の効果もあまり期待できない旨を説いています。
確かに「こども未来戦略」では、「こうした急速な少子化・人口減少に歯止めをかけなければ、我が国の経済・社会システムを維持することは難し」いことや、「2030年までに少子化トレンドを反転できなければ、我が国は、こうした人口減少を食い止められなくなり、持続的な経済成長の達成も困難となる」と主張しており、人口減少に歯止めをかけることを力説しています。
これに対して小峰教授は、人口減少に歯止めをかけることよりも、人口が減っても国民のウェルビーイングが高まるような方向を目指すべきだと主張。ただし、そのためには、女性や高齢者をはじめとした労働力人口の裾野をさらに広げ、生産年齢人口1人当たりの生産性を高めていくことがカギになると指摘しています。そこからは、少子化対策の発想を転換すべきであるというメッセージを読み取ることができます。
少子化対策の基本的な在り方について、筆者は3つのベクトルがあると考えています。それは、「少子化に歯止めをかけ出生数を増やす」「少子化にブレーキをかけ、出生数が減らないようにする」「出生数が減っても成り立つ社会を目指す」の3つ。つまり、出生数の増加を目指す対策、維持を図る対策、減少を前提とした対策の3つです。もちろん、出生数の減少を前提にするといっても、これ以上少子化が加速しないよう対策を講じることが前提です。
このうち出生数の増加を目指すことは不可能です。なぜならば、日本の人口を維持するためには、合計特殊出生率を人口置換水準と言われる2.07に引き上げなければなりません。しかし、2023年の合計特殊出生率はわずか1.20であり、若い世代の結婚、妊娠・出産、子育ての希望がかなった場合に想定される希望出生率でさえ1.8に過ぎないからです(コロナ後は1.6とも言われています)。同様に、出生数の維持を図ることもかなり困難だと思われます。
一方、出生数の減少を前提とした対策では、何がポイントになるのでしょうか。上述の記事では、女性や高齢者をはじめとした労働力人口の裾野拡大や、生産年齢人口1人当たりの生産性を高めていくことを挙げています。中長期的には、生産性を挙げることが最重要課題だと考えられます。
現状では、日本の時間当たり労働生産性はOECD加盟38か国中30位、日本の1人当たり労働生産性はOECD加盟38か国中31位となっています(日本生産性本部「労働生産性の国際比較 2023」)。日本の生産性がいかに低いかが分かります。
この生産性を高めるために最も基本的な方策は、有為な人材の育成、即ちマンパワーの質を上げることです。そのためには、人を育てる教育が大きなカギを握ります。その際、重要なポイントになる考えられるのが、乳幼児期における教育・保育の充実です。
例えば、シカゴ大学のヘックマン博士の研究では、「非認知能力(社会情動的スキル)は就学前教育によって育まれる」「就学前にしか発達しない能力があり、就学前教育を受けることで就学後の教育効果も大きくなる」「就学後より就学前のほうが教育投資の効果が大きい」といったことが明らかにされました。
つまり、実現不可能な出生数の増加ではなく、出生数の減少という現実を前提に、少子化対策のベクトルを変えることが大切です。そのためには、未来を担う人材の育成による生産性の向上を図ることです。これからの日本社会でより有効な少子化対策は、少子化により人口が減っても人々のウェルビーイングを向上できる対策であることです。
そこで重要になるのが、日本の社会を支え、地域社会を担う人材育成戦略の基本に、乳幼児期からの教育・保育の充実を据えることです。これまでの少子化対策の失敗を踏まえて、少子化対策のベクトルを変えることが必要であり、その中で乳幼児期の教育・保育の質の向上や環境整備をはじめ、有為な人材の育成に力を入れるという、未来への投資ができるかどうかが問われているように思います。